二月堂への道

お気に入りの二月堂へ行くいつもの経路について紹介します。
まず、転害門のから東大寺の境内に入っていきます。

転害門は760年ごろ創建されました。東大寺は2回の焼き討ちにあっていますが、転害門は焼失を免れました。鎌倉時代に大規模改修されましたが奈良時代の姿を残しているようです。

約1260年の風雨にさらされ節が目立つ南西隅の柱。まだ力強く支えている感じです。

石段に複数の窪みがあります。「盃状穴」と呼ばれているそうです。ボランティアガイドさんに教わりました。鎌倉時代以降に子孫繁栄や魔除けを目的に彫られたとのことでした。ぼーっと見ていたせいできがつきませんでした。

転害門を抜けると左手に鼓坂小学校が見えてきます。まるで寺院のような造りで、目を引くので撮ってみました。昭和9年の室戸台風で被災し昭和11年に復興され東大寺などの文化財と景観がマッチするように作られたようです。

さらに進むと正面突き当たりに柵に囲まれた深い森があります。建物は見えませんが正倉院があるようです。

突き当たりを左に曲がりしばらく進むと大仏池(二つ池)が見えてきます。

大仏池を反時計方向にまわり、大仏殿の背後に近づくと右手の芝生のなかに光明皇后の万葉集の歌碑があります。
読みにくいですが
「わが背子と二人見ませば幾許(いくばく)か このふる雪の嬉しからまし」
と書かれています。

さらに進むと大仏殿の真後ろになります。大仏殿の裏側の写真も載せておきましょう。

道路を挟んでその奥には講堂のあったようで礎石だけが残っております。後方にみえている瓦屋根は正倉院です。

二月堂にむかって坂道を登っていきますと右手に大湯屋が見えてきます。百日紅は長い間楽しめますね。

さらに進むと、いよいよ二月堂が見えてきます。土と瓦を交互に積んだ築地塀と石畳の参道が綺麗です。

参道を上り切ると二月堂参籠所がありその前には柘榴の木が何本か植えられておりちょうど実ができたいました。

二月堂南側参道下にやってきました。

二月堂の南側参道の脇に黒板アートがあります。8月13日に見たものと同じでした。定例の8月18日に更新されなかったのか早くに更新されてしまったのかわかりません。

お堂に登ると、奈良盆地が一望できます。この景色が好きですね。

この角度からの眺めも気に入っています。

上記のようなルートでよく二月堂に通っております。

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